第13回文化と地域デザイン講座について、「本のある工場」主宰の松本茂章が振り返ります。
第13回目の文化と地域デザイン講座(文化と地域デザイン研究所主催)は、24年11月8日(金曜)午後6時30分から、大阪市此花区西九条の元印刷工場「本のある工場」を会場にして開かれた。第12回(島根県美郷町の「バリの町」づくり)は6月18日に同工場で開いたが、第13回(千葉県松戸市の戸定歴史館)は9月13日に初めて東京で開催したので、本拠地で開いたのは約5か月ぶり。第14回の11月8日は「本のある工場」らしい雰囲気に包まれた。公共施設では飲食禁止なのだが、ここでは自由に飲み物や軽食を味わいながら、闊達な論議を展開できる。このことは、とても貴重な体験なのだ、と改めて痛感した。
会場には、大学教員、医師、保健師、全国紙記者、ジャーナリスト、公立ミュージアム職員、研究所研究員、会社員、フリーランスのアートマネジャー……など実に多彩な聴衆約30人が東京、静岡、愛知、京都、大阪などから詰めかけた。このうち5人は大学の院生・学部生だったので、会場はとても若やいだ。
定員20人のところ、希望者が相次ぎ、肩を寄せ合うように聞き入ったので熱気に包まれ、「暖房なし」でスタートした。ところが、この夜は「冬の訪れ」とも思えるほど冷え込んできた。天井の高い工場だけに次第に寒くなり、中断して石油ストーブを運び込み、点火した。そうすると冷え込みを吹き飛ばして論議が活発になった。
内容は立命館大学経済学部院生の中野慎也さんの記述に譲る。田辺三菱製薬の泉川達也さんは丁寧に自社の歴史を解説され、江戸時代に、なぜ大坂・船場の道修町が「くすりのまち」になっていったのかの経緯を語られた。そして企業メセナの意義、あるいは製薬企業で働く社員の信条などにも言及された。
印象的だったことを4つ挙げたい。
1つには、多彩な聴衆が詰めかけたおかげで、異なる立場からの質問そのものが興味深いものになった。他分野の専門家が、独自の視点から発する質問は、聞いているだけで刺激がある。「そんなこと、考えてみなかった。そのような着眼点があったのか」と感じ入った。たとえば、先端技術を駆使する製薬会社が並ぶ道修町に、「くすりの神様」をまつる神社があること。日本美術史の研究者からは「科学的なこと(製薬会社)と、非科学的なこと(宗教)が併存している、実に興味深い通りである」との指摘が投げかけられた。この見方が斬新で、なるほど、と思った。
2つには、22年にスタートした同講座で、初めて経済界の現役幹部をお招きできたことだ。松本は、これからの地域経営に関して、行政だけでなく、市民・NPO団体・企業・事業者らも参画する、総ぐるみの「地域ガバナンス(共治)」の大切さについて、これまでの著作で書いてきた。今回は企業も地域経営に参画する必要性を裏付ける話だったので、意を強くした。
3つには、新たな出会いがあったこと。泉川さんによると、田辺三菱製薬の前身である「田邊屋さん」が薬の業界に参入した経緯は、関ケ原の戦いに敗れた島津軍の軍勢が堺から薩摩まで船で帰ったとき、協力したのが「田邊屋さん」だったという。この際の報償として薩摩藩から秘薬の作り方を伝授されたらしい。資料は見つかっていないとのことだったが、会場には堺市立のミュージアムの職員が参加していた。泉川さんと職員の2人は名刺を交換し、解明に向けて今後も交流しましょう、と話し合っていた。「知的なサロン」にとどまらず、「本のある工場」が調査研究を始める機会になれば、本当に幸いだ。そもそも、文化芸術と社会のつながりを話し合う場を元印刷工場で行っているのも、文化芸術の進展と産業の技術革新が、どこかで通底すると思っていたからだ。元印刷工場から何かが始まっていくことを期待したい。
4つには、大学の院生や学部生ら5人が出席したことで、とてもフレッシュな雰囲気が醸成された。若者たちは、石油ストーブが必要となると、さっと運んでくれた。そして活発に質問した。たとえば「企業は、なぜ、まちづくりに関係するでしょうか」という素朴な問いが出され、とても新鮮に感じた。松本は新聞社時代に関連企業に出向して、松下電器産業(現・パナソニック)の企業メセナ活動に関わっていたので、自明のことだったのだが、今の学生さんたちにとって、「なぜ企業が地域づくりに関わるのだろうか?」と疑問に思った様子だった。泉川さんは企業の社会的責任について丁寧に答えておられた。このように、世代を超えて語り合える場が貴重であること、欠かせない場であることを実感できた。学校ではない「いつもと違う場」で聞いた話は、案外、忘れないものだから。
「本のある工場」を設けて良かった。文化と地域デザイン講座の運営を続けてきて良かった――。そう思えた素敵な夜だった。
さあ、次は2025年1月11日(土曜)に第14回講座「近現代のフィルムアーカイブ」を開催する。奈良県大淀町教委の松田度さんをお招きする。「夜間開催は寒い」と判断して、久しぶりに土曜日の「昼間開催」を決めた。ご参加いただければ幸いである。
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